チェーン店の鍼灸整骨院に3社勤めた私が、独立前に確認したこと

確認していたのは、一つだけだった。自分で開業したときに必要なものが、この会社で得られるか。 勤めているあいだ、ずっとそれを見ていた。

先に書いておきたいことがある。その会社でずっと勤めて定年まで働くという構想があるのなら、あるいは会社で上のポジションに行くことが目標なら、この記事の話は当てはまらない。 問題はない、と私は思っている。この記事は、いずれ自分でやりたいと思っている人に向けて書く。

私はチェーン店グループで働いていた経験がある。3社で働いて、どれも自分の目指す方向性とは違ったため、独立して開業した。1社ではなく3社だったので、比べることができた。

そして、3社に共通していたものが一つあった。売上と勉強の、順序だ。 この順序が、給料が上がっていく気配がないという感覚とつながっている。私はそう考えている。

この記事では、3社で受けた教育の実際から始めて、その仕組みが何のためにあるのか、そして勤めながらできることまで、順に書いていく。

目次

チェーン店グループ3社で働いて、独立した

私が働いていたのは、チェーン店の鍼灸整骨院だ。グループで3社。どれも自分の目指す方向性とは違ったため、最後は独立して開業した。

先に、この記事で書かないことを決めておきたい。社名は書かない。 そして、3社を1社ずつ分けて書くこともしない。 「1社目は」「2社目は」と並べれば、社名を出さなくても特定に近づくからだ。

書くのは、3社に共通していたものだけにする。3社に共通していたのなら、それは1つの会社の事情ではなく、もう少し手前にある構造だということになる。1社しか知らなければ、その会社が合わなかっただけ、という話で終わっていた。

そのうえで、教育の話に入る。

チェーン店の鍼灸整骨院では、その会社オリジナルの技術や接客サービスを教育される。全員が同じように、同じクオリティで、高品質な同じ施術を提供できるように、研修が組まれている。

ここを、悪いことのように読まないでほしい。私が3社で見たかぎり、教育はきちんとしていた。 新人を放り出すような現場ではなかったし、教わったことは、今も自分の中に残っている。

そして、これを書かないと不公平になる。チェーン店は営業力・マーケティング力が素晴らしい。お金もたくさんある。 個人で店舗を出したあとの私から見ると、あれは真似できるものではない。この記事の後半で立地の話をするが、それも弱点の指摘ではなく、強みの説明として書く。

なお、勤めていたときの勤務条件や金額は、別の記事に書いた(柔道整復師の年収はいくら?月給21万5,000円だった実話)。週の勤務日数から手取りまで、実額で出している。この記事で書くのは、金額ではなく、そこで何が身についていたかのほうだ。

同じ品質を届ける仕組みは、何のためにあるのか

全員が同じクオリティで提供できるように教育する。この仕組みには、はっきりした強みがある。人を、続けて育てられる。

私はこれを、「そのため、次々に量産していくわけです」という言い方で話してきた。乱暴な言い方かもしれないが、仕組みとしてはそのとおりだ。誰か一人の腕に依存しない。人が抜けても、その店の施術は止まらない。

では、その仕組みは、何のために最適化されているのか。

おそらく、こうなる。「どの店舗でも同じ」であることが価値になる商売のために、最適化されている。

どの店に入っても同じものが出てくる。担当が誰でも同じ。これは弱点ではなく、売り物そのものだ。外れがないから、初めての人が入ってくる。

ただ、同じ仕組みを、中にいる自分の側から見ると、別の形に見えてくる。

その仕組みの中にいると、自分のオリジナル性は増えない。

これは、会社が悪いことをしているという話ではない。「誰が担当しても同じ」を作る仕組みなのだから、個人差が出ないことが、その仕組みの成功にあたる。そして個人差とは、その人にしかないもののことだ。

だから当時の私が考えていたのは、会社についてではなく、自分についてだった。このまま続けたら、オリジナル性のない施術者になっていくのではないか。 主語は会社ではなく、自分に置いている。

なお、免許を取ったあと、開業して周囲と並んでいくことが簡単ではないことは、施術所の数から別の記事に書いた(鍼灸師はやめとけ?現役はり師が語る唯一無二の価値)。厚生労働省の統計で、施術所がどれだけの数あるのかを出している。この記事では、その数字を再掲しない。

そして、もう一つある。この仕組みの中にいるあいだ、独立の準備が勝手に進むことはない。

会社は長く働いてほしいため、独立を進めたりはしませんので、そういった独立に向けてのことは教えてくれないはずです。

「はずです」と書いた。断定はしない。独立の支援をしている会社もあるかもしれない。

ただ、これは責める話ではない。会社が情報を隠しているのではなく、教える理由が無いだけだ。 従業員に長く働いてほしいと会社が考えるのは当たり前のことで、私が経営する側なら同じように考える。利害が一致していない、というだけだ。

だからこそ、教えてくれないはずだと思っておいたほうがいい。そして、ここで最初に書いたことへ戻る。自分で開業したときに必要なものが会社で得られるかを、常に確認してほしい。 確認しないといけない理由が、これになる。

近くのコンビニに行く理由

もう一度、チェーン店の強みから始める。

営業力・マーケティング力が素晴らしい。お金もたくさんある。 だから、個人で店舗を出したときに、それと同じ規模の集客・マーケティングができるかと言われると、できない。1から、もはや0から積み上げていかなければならない。

では、そのときに何で勝つのか。集客力・マーケティング力・お金では叶わない。 残るのは技術力になる。

ここで、私がこの話をするときに、いつも言っていることがある。

同じセブンイレブンで、どこのセブンにお気に入りがあるという人は少ないと思います。近くのセブンに行くと思います。
そのとき必要な、ただ個人店でやっている、そこでしか食べられない料理なんかは、遠くからでも来ます。そういうことなんです。

セブンイレブンをけなしているのではない。逆だ。近いほうが選ばれるというのは、ものすごく強い。 どの店でも同じものが買える、という信頼があって初めて、人は「近いから」で選べる。あの均質さは、立地で勝つための土台になっている。

そして、個人でやっている店は、その勝ち方ができない。近いから入る、という理由では選ばれない。だから、そこでしか食べられないものを持つしかない。

これを施術に置き換えると、構図はこうなる。

1. チェーン店は、誰が担当しても同じ品質になるように教育する

2. それは、近いほうを選ばれる商売で最大に効く仕組みである

3. 個人で出した院は、近いから選ばれるという勝ち方ができない。だから「ここでしか受けられない」で選ばれるしかない

4. そしてチェーン店の教育は、定義上「ここでしか」を作らない。作らないことが、その仕組みの正しさだからだ

4番目が、この記事の要になる。これは矛盾ではない。 「誰がやっても同じ」を作る教育が、「この人でなければ」を作るはずがない。作ってしまったら、その教育は失敗していることになる。

だから私は、こう言ってきた。「それを、チェーン店でみんなが同じレベルで提供できる技術で来ると思いますか。私は来ないと思います。」

「来ません」とは言わない。私は来ないと思う、というだけだ。

その先についても、断定はしない。技術力があれば患者さんは自然と通ってくれる——これは私の実感であって、証明できることではない。ただ、近さで選ばれない場所でやっていくなら、そこに賭けるほかない、というのが私の考えになる。

ただ、「技術力」という言い方では、少し足りない。

どれくらい患者の利益になるように勉強を積み重ねているかです。技術は練習をしなければ上手になりませんし、知識を身につけなければ向上していきません。

そして、患者さんが受け取っているのは、腕前そのものではない。

どれだけ向き合ってくれるか。そしてその施術者が、どれだけ患者さんのことを考えて治療しているか。そういったものを感じ取って、患者様はここにまた来たいと思うはずです。

「また来たい」と思わせているのは、技術の高さではない。 向き合い方を、患者さんの側が感じ取っている。ここも「はずです」としか言えない。

この章は勝ち方の違いの話であって、独立すれば勝てるという話ではない。 この記事は、独立すれば稼げるという話をしない。書いているのは、勝ち方が入れ替わる、ということだけだ。

売上が先か、勉強が先か

3社で働いて、共通していたものが一つあった。ここが、この記事の中心になる。

フォーカスが売上に向いていた

今になって振り返ると、こうなる。

やはり売上、どうやったら売上がもう少し伸びるか、他院と当院でどれくらい売上に差があるか、そういったところにフォーカスが向いていたような気がします。

最後の「ような気がします」を、消さずに書いておきたい。私は3社の経営方針を見せてもらった人間ではない。これは中にいて感じていたことで、断定できることではない。 会議の議題を数えて言っているわけでもない。感覚の話として受け取ってほしい。

そして、ここを書き落とすと、この章は会社への批判になってしまう。だから書く。

もちろん生活がありますので売上は大事です。

これは建前ではない。私も今は自分で院をやっている。売上が立たなければ続けられない。売上を見ている会社を、私は責める気がない。

問題にしているのは、売上を見ていたことではない。順序のほうだ。

順序が逆だった

順序
3社に共通していたもの 売上 → 勉強(売上を伸ばすために技術を習得する)
私の順序 勉強 → 信頼 → 売上

言葉にすると、こうなる。

売上を上げるために勉強をする、新しい技を習得する、といった順序ではなく、患者さんのために必要なことを勉強したら、その分患者さんが信頼して来てくれる、といった順番。このプロセスが、目に見えないところでは重要なんじゃないかと思います。

置いてあるものは同じだ。売上と勉強。順を入れ替えただけで、あいだに挟まるものが変わる。売上を先に置くと、勉強は売上のための手段になる。勉強を先に置くと、あいだに信頼が入る。

そして、ここが難しいところになる。このプロセスは、目に見えない。

売上は見える。数字で出る。先月と比べられる。他院とも比べられる。信頼は、そうはいかない。 何回通ってくださったかは数えられるが、それが信頼なのか、近いからなのか、まだ痛みが残っているからなのかは、分けられない。

だから私は、「目に見えないところでは重要なんじゃないか」としか言えない。重要である、とは言わない。 見えないものを重要だと断定する根拠を、私は持っていないからだ。

ついでに書いておくと、この記事に数字がほとんど出てこないのは、そのためでもある。「3社」以外の数字を、私はこの記事で使わない。使える数字が、この話の中心には無い。

順序が逆になっているとき、私はこう言ってきた。ビジネスのためにやっている、そういった気持ちではなかなかうまくいきません。 「なかなか」と言っている。絶対にうまくいかない、とは言っていない。

だから、上がっていかない

給料が上がっていく気配がない、という感覚と、この順序は、どこかでつながっている。金額の話ではなく、構造の話として書く。

順に置くと、こうなる。

  • 売上を目的に置くと、勉強が手段になる
  • 手段としての勉強は、会社が教えるもので足りてしまう。売上のために必要な範囲までやれば、目的は満たされるからだ
  • そして——会社で教えられているものだけをやっていても、伸びしろは少ない
  • 伸びしろが少ないということは、代わりのきく状態が続くということになる
  • 代わりがきくものの値は、上がりにくい

もう一つ、当時考えていたことがある。仮にその会社を出てしまったら、会社での役割は大きかったけれど、治療家としての役割は少なかったかもしれない。 会社の中での評価と、外に出たときに残るものは、同じとは限らない。会社の教育を受けているだけだからだ。

「会社での役割は大きかった」というのは、実際にそうだった。

会社の中での立ち位置、ポジションは偉くなり、新入社員が入ってきたら指導するなど、会社での地位確立・ポジションは上がっていきます。

ただ、会社で習うことは外では通用しない可能性がありますので、あくまで「会社の中では」の評価になります。

一般的に公的機関・学校などを卒業していれば、一定の評価になりますが、その会社に勤めたからといって価値が上がるということは、なかなかありません。

「通用しない可能性があります」であって、通用しないと決まっているわけではない。「なかなかありません」であって、無いとは言っていない。

そのうえで構図はこうなる。得たものは本物だ。指導役という地位も、上がったポジションも、無駄ではない。ただしそれは「会社の中では」の評価で、外に出ると基準が入れ替わる。持ち出せない、ということになる。これを「だから資格を取ったほうがいい」という話にはしない。私が言えるのは、社内での評価は持ち出せない、という一点だけだ。

なお、「患者さんのために勉強する」というのは、心がけの話ではない。私は4回くらいを目安に、検査所見が動かなければ方針を変える、という期限を自分に課している。その考え方は別の記事に書いた(カイロプラクティックは効果ない?4回で方針を変える理由)。患者さんのための勉強とは、自分のやり方を変えるための勉強という意味になる。

最後に、この章でいちばん誤解されたくないことを書く。辞めろ、という話ではない。

私は勉強をしながら勤め、並行してやっています。 会社を出てから勉強を始めたのではない。勤めながら、常に患者さんのために良い治療ができるよう、ずっと勉強してきた。両方できる。 私がやったのは、それだけだ。

売上で測ることを、私は取らない

ここまで読んで、こう思われた方がいると思う。独立した人間が書いているのだから、結局「自分のようにしろ」と言っているのだろう、と。

そう読まれるかどうかは、私には決められない。だから、私が何を根拠にしていないかを書いておく。

「私のようなところに来い」とか「私のような道をたどれ」というよりかは、本質的にそうなのでありますので、僕がどうとか他社がどうとかではないんですよね。

そして——別に、私はそう思わないと思う人がいてもいいんですけど。

この一文を、消さずに置いておきたい。同意してほしくて書いているわけではない。

そのうえで、この章で書きたいのは測り方の話になる。

私が売上を成功の尺度にしないのは、謙遜ではない。その尺度を採ると、言いたくないことまで言うことになるからだ。

売上を立てれば、それは患者さんが多く来てくれている証拠だということになるわけですけど、じゃあ売上が立っていないところはダメですよね、という話になっちゃうじゃないですか。

ここが理由になる。売上で測ると決めた瞬間に、売上が立っていない施術者を「ダメ」と呼ぶ物差しを、自分が持つことになる。私はその物差しを持ちたくない。 売上を追っている院をけなしたいのではない。逆で、売上の小さい院を切り捨てる線を、自分で引きたくないという話だ。

では、私が置いている線はこうなる。

患者さんのために勉強してすることというのは、結果が出なくても患者さんのためにやってることなので、それは別にいいんですよ。人のためにやってますから。

売上は自分のためですから。自分のために勉強するんじゃないんです。患者様のために勉強するんです。

ここで、矛盾しているように見えると思う。この記事は「給料が上がっていかない」という感覚から始まっている。その記事が「結果が出なくてもいい」と言っている。 食べていく話をしておいて、結果はどうでもいいのか、と。

この緊張は、本物だと思う。ごまかしても仕方がないので、そのまま書く。そして、矛盾ではないと私は考えている。順序の話をしている。先に置くのは患者さんのほうだ、と言っている。 売上が要らないとは言っていない。生活があるので売上は大事だと、前の章で書いたとおりだ。

先に置くものを入れ替えると、勉強の中身が変わる。結果が出なかったやり方も、なぜ出なかったかを含めて残る。 これは私の考えであって、証明できることではない。そして残ったものが向かう先は、次の患者さんになる。

だから、この記事は私の成功を根拠にしていない。 私がうまくいったから同じようにしろ、という形で書いていない。書いているのは、自分が積んでいるものが、独立したときに要るものかどうかを確認し続けたほうがいいということだけだ。確認した結果、今の場所に残ると決める人がいてもいい。

では、どこで働けばいいのか

まず、この記事が当てはまらない人

リードで書いたことを、ここで正式に回収する。

その会社でずっと勤めて定年まで働くという構想があるのであれば、問題はない。 会社の中で必要になるものを、会社が教えてくれる。噛み合っている状態だからだ。

会社で偉いポジションに行く。それが目標なのであれば問題はありません。 これも噛み合っている。会社の中での評価を上げていく仕事に、会社の教育はそのまま効く。

そうでないのであれば——いずれ独立するのであれば、独立できるように今学ばないといけない。 そして、チェーン店で勤める必要は僕はないと思います。 「必要はない」と言っているだけで、「勤めてはいけない」とは言っていない。私はそう思う、という話だ。

では、どこがいいのか。私が一番の期待値だと思っているのは、個人院で、検査をして、多くの患者さんから支持されている、尊敬できる施術者のところになる。

条件が3つ付いていることに、注意してほしい。個人院であればいい、という話ではない。 検査をすること。多くの患者さんから支持されていること。3つ揃っているところの話をしている。そして、チェーン店に尊敬できる施術者がいない、とも言っていない。これは期待値の話だ。

「尊敬できる施術者」は、どう見分けるのか

ここが、いちばん答えにくいところになる。

論理では見分けられない。 求人票には書いていない。ホームページにも書いていない。

だから、私が答えているのは、いつもこれになる。

実際に患者として行ったときに、いいと思える施術だったかどうかですね。
1つのところでしか受けていないとわかりません。なので何十、何百と受けに行ってください。それでわかってきます。比較ができてくるので。

何十、何百と言っている。多いと思われるだろうが、丸めずに書いておく。1軒では分からないからだ。いいと思えたとき、それが施術が良かったのか、その日の自分の体調が良かったのか、話が面白かっただけなのかは、比べないと分けられない。

そして、これは会社の研修では絶対に得られない。 研修で比較の対象になるのは、同じ会社の人の施術だ。同じ教育を受けた人の施術を何十人分見ても、比較の幅はそこで止まる。外に出ないと、比較にならない。 前の章で書いた「伸びしろ」の具体は、ここになる。積み重ねるというのは、こういう手数のことだ。

求人を複数見比べたほうがいい、という話は、給料の記事に書いた(柔道整復師の年収はいくら?月給21万5,000円だった実話)。1つの勤務先だけを見て業界全体を判断してはいけない、と。

ここで言っているのは、それとは別の話だ。 見比べる対象が違う。

何を見比べるか
求人の話 条件(勤務日数・給与・契約の形)
この章の話 施術(自分が患者として受けて、いいと思えたか)

条件は、紙に書いてある。施術は、行かないと分からない。紙で選べるものと、体でしか選べないものがある、ということになる。

そして、これは勤めながらできる。

まとめ

勤めているあいだ、確認していたのは一つだけだった。自分で開業したときに必要なものが、この会社で得られるか。

チェーン店の教育は、きちんとしている。誰が担当しても同じ品質になるように組まれていて、それは近いほうを選ばれる商売で最大に効く仕組みだ。ただ、その仕組みは、定義上「ここでしか」を作らない。

3社に共通していたのは、売上が先に来ていたことだった(ような気がします、という留保を付けて書いた)。私の順序は逆で、勉強 → 信頼 → 売上になる。そしてそのプロセスは、目に見えない。

定年まで勤める構想があるなら、会社で上のポジションを目指すなら、問題はない。そうでないなら、今いる場所で積んでいるものが、自分の院を出したときに要るものかどうかを、確認し続けたほうがいい。

辞めろ、という話ではない。私は勉強をしながら勤め、並行してやっていた。 両方できる。

何十、何百と受けに行ってください、と書いた。ただ、行けと言われても、行って何を見ればいいのかは分からないと思う。私は自分が受けに行くとき、見るところを決めている。いちばん最後に置いているのは、自分の家族をここに送れるかどうかだ。その基準は、次の記事に譲りたい。

よくある質問(FAQ)

Q. チェーン店の鍼灸整骨院に勤めるのは、やめたほうがいいのですか?

A. 一概には言えません。その会社でずっと勤めて定年まで働くという構想があるのなら、あるいは会社で偉いポジションに行くことが目標なら、問題はないと考えています。そうではなく、いずれ独立するのであれば、独立できるように今学ばないといけません。執筆者の考えは「チェーン店で勤める必要は僕はないと思います」というもので、勤めてはいけないという意味ではありません。判断の前に、自分が今積んでいるものが独立したときに必要なものかどうかを、確認し続けてください。

Q. チェーン店の研修では、技術は身につかないのですか?

A. 身につきます。執筆者が3社で見たかぎり、教育はきちんとしていました。その会社オリジナルの技術や接客サービスについて、全員が同じクオリティで高品質な施術を提供できるように研修が組まれています。この記事の問いは「身につくかどうか」ではなく、「そこで身につくものが、独立したときに必要なものと同じかどうか」です。

Q. 勤めながらでも、独立の準備はできますか?

A. できます。執筆者は勉強をしながら勤め、並行してやってきました。会社を辞めてから勉強を始めたわけではありません。外に施術を受けに行くことも、勤めながらできます。

Q. 独立するなら、どこに勤めるのがいいですか?

A. 執筆者が一番の期待値だと考えているのは、個人院で、検査をして、多くの患者さんから支持されている、尊敬できる施術者のところです。条件は3つあり、個人院であればよいという話ではありません。ただし、これは求人票やホームページでは見分けられません。自分が患者として受けに行って、比較していくことになります。

Q. 売上を気にするのは、いけないことですか?

A. いけないことではありません。生活がありますので売上は大事です。この記事が書いているのは順序の話で、売上を上げるために勉強するのか、患者さんのために勉強した結果として信頼が生まれ、来ていただけるのか、という置き方の違いになります。売上を追う院や施術者を批判する意図はありません。

本記事の位置づけ

本記事は、執筆者が過去にチェーン店グループ3社で勤務し、その後独立したという個人の経験に基づいて、働き方と学び方について書いたものです。社名・グループ名は記載しておらず、3社を個別に区別して記述してもいません。 特定の企業・団体・施術所を評価、批判、推奨するものではありません。

本文中の「フォーカスが売上に向いていたような気がします」という記述は、執筆者が当時中にいて受け取っていた感覚であり、3社の経営方針を資料で確認したものではありません。同様に「技術力があれば患者さんは自然と通ってくれる」「向き合い方を患者さんの側が感じ取っている」という記述も、執筆者の実感であり、因果関係を証明したものではありません。チェーン店の施術の質が低いという趣旨は、本記事には一切ありません。

会社での評価について、執筆者は「会社で習うことは外では通用しない可能性があります」「その会社に勤めたからといって価値が上がるということは、なかなかありません」と述べており、いずれも断定ではありません。社内で得た地位や指導役としての役割を、無意味だと述べているものでもありません。また本記事は、資格の取得や特定の学校への進学を勧めるものではありません。

本記事は、独立・開業を勧めるものではなく、独立によって収入が増えることを示すものでもありません。勤務条件や収入の実額については本記事では扱っていません。転職・退職の斡旋や、特定の求人媒体・学校・団体への誘導を目的としたものでもありません。就職・転職・独立の判断をする際は、必ずご自身で複数の条件を確認してください。

本記事は施術の効果・効能を述べるものではなく、医療行為・診断に代わるものでもありません。体調について不安があるときは、医療機関にご相談ください。

情報は執筆時点(2026年9月29日確認)のものです。

参考文献・出典

執筆者

山﨑駿(やまざき しゅん)

あん摩マッサージ指圧師・はり師・きゅう師・柔道整復師(すべて国家資格)/Doctor of Chiropractic(D.C.、Tokyo College of Chiropractic・CCEA認可課程)/オステオパシー(D.O.課程)専攻中。臨床歴12年、のべ数万人の身体に向き合ってきた施術者です。

【学歴】日本工学院八王子専門学校 柔道整復科 卒業/東京呉竹医療専門学校 鍼灸あん摩マッサージ指圧科 卒業/東京カレッジ・オブ・カイロプラクティック(旧RMITカイロプラクティック学科日本校)卒業/日本福祉大学 通信教育部 福祉経営学部 医療・福祉マネジメント学科 卒業/スティル・ジャパン・アカデミー(オステオパシー専門教育)在学中。

保有資格の詳細は運営者プロフィールをご覧ください。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

目次