首をボキボキ鳴らすのはなぜ気持ちいい?音は目的ではない

首が「ボキッ」と鳴っても、体が整ったわけではない。

音の正体は、骨がぶつかる音ではなく、関節の中を満たしている液体に空洞ができる現象だと考えられている。施術の側でも事情は同じで、調整をした結果として付随的に鳴ってしまうことがあるだけであり、音そのものに意味を持たせてはいない。

ただし、この記事は「だからやめましょう」と言うためのものではない。鳴らすと気持ちいい、というのは本当のことだ。その体感を頭ごなしに否定したところで、なぜ自分がそれを繰り返しているのかは分からないままになる。

そこでこの記事では、まず音の正体を確認する。次に、なぜあれほど気持ちいいのかを見る。そのうえで、鳴らしたあとの体に何が起きているのかを、私が指先で触れてきた範囲で書く。最後に、施術としての「ボキボキ」が何をしている操作なのかまで進む。カイロプラクティックには日本に法的な資格制度が無いが(カイロプラクティックとは?国家資格に「できない」理由)、手技そのものが何をしているのかは、制度とはまた別の話だ。

目次

まず、あの音の正体を確認する

音は、骨と骨がぶつかっている音ではない

背骨の一つひとつのつなぎ目には、小さな関節がある。関節は袋(関節包)に包まれ、その内側は滑液(かつえき)という粘り気のある液体で満たされている。骨と骨は、この液体をはさんで向かい合っている。直接ぶつかり合ってはいない。これは首に限った話ではない。背骨は首から腰まで同じつくりで続いているので、背中でも同じことが起きている。

では、あの硬い音はどこから出ているのか。有力に考えられているのは、関節が急に引き離されたときに、この滑液の中に空洞(気体のすきま)が生じる現象だ。これをキャビテーション(空洞現象)と呼ぶ。

イメージしやすいのは、濡れたガラス板を二枚ぴったり重ねたときの感覚だと思う。あいだの水が接着剤のように働いて、ただ引っぱっても離れない。ところがある一点を超えると、抵抗が急に消えてパッと剥がれる。関節の中でも似たことが起きていて、限界を超えた瞬間に一気に間隔が開き、それまで液体に溶けていた気体成分が耐えきれずに空洞をつくる。

だから、あの音は「骨がぶつかった音」でも「骨がズレて元に戻った音」でもない。液体の中で起きている現象の音だ、というのが出発点になる。

「泡が弾ける音」ではなく「泡ができる音」だった

ここから先は、実はまだ決着がついていない。

長いあいだ、関節の音は「できた気泡が突然つぶれるときの音」だと説明されてきた。1971年にUnsworthらが発表した研究がその代表で、今も多くの解説がこの説明を採用している。「気泡が弾ける音です」と書いてあれば、それはこの系譜だ。

ところが2015年、Kawchukらが、指の関節を引っぱりながらリアルタイムのMRIで中を撮影するという実験を行った。撮影されたのは中手指節関節(手の指のつけ根の関節)10関節。結果は、それまでの説明とは逆だった。音が出るタイミングに一致していたのは、空洞がつぶれる瞬間ではなく、空洞が生じる瞬間だったのだ。しかも音が出たあとも、空洞はそのまま見え続けていた。

つまり「弾ける音」ではなく「できる音」だった、という報告になる。

ただし、これで解明された、と書くのは行き過ぎだ。2018年に発表されたレビューは、気泡が形成されること自体は文献上おおむね一致しているものの、その気泡がどのように形成されるのか、そしてクラック音の発生源が何なのかは明確でない、と述べている。

私たちが日常で「ボキッ」と呼んでいるあの音は、その程度には、まだ分かっていないものなのだ。

一度鳴らすと、しばらく鳴らないのはなぜか

同じ関節を続けて鳴らそうとしても、すぐには鳴らない。少し時間をおくと、また鳴る。経験のある方は多いと思う。

2015年の研究で、音のあとも空洞が見え続けていたことは、この現象と符合する。生じた気体が再びもとの状態に戻るまでには、それなりの時間がかかると考えられている。だから連続では鳴らない。

ここが、実は一つの見分けどころになる。もし間を置かず、何度でも立て続けに鳴らせるとしたら、それは同じキャビテーションではなく、別の現象が混ざっている可能性がある。たとえば、腱や靭帯が骨の出っ張りを乗り越えるときの音だ。こちらは液体の中で起きる現象ではないと説明されることが多く、そうであれば、続けて鳴っても不思議ではない。

さらにもう一つ、混同されやすい音がある。「ボキッ」という一発の破裂音ではなく、首を回すあいだじゅう続く「ジャリジャリ」「ゴリゴリ」という擦れるような音だ。これはクレピタス(軋轢音・あつれきおん)と呼ばれ、キャビテーションとは別の現象として扱われる。この記事で扱うのは前者、一発の「ボキッ」のほうだと考えて読んでほしい。後者が痛みを伴う場合や、だんだん強くなっていく場合は、自己判断せず整形外科で診てもらったほうがいい。

なぜ、あんなに気持ちいいのか

ここは、あまり丁寧に説明されないところだと思っている。「危険だからやめましょう」とだけ言われても、現に気持ちよくなっている人には届かない。だからまず、なぜ気持ちいいのかを見る。

私が患者さんに聞かれたとき、こう答えている。日常生活では起こらない刺激が入るので、体に効いていると錯覚するのではないでしょうか、と。

もう少し体の中の話に踏み込むと、ここで一つ、正直に書いておかなければならないことがある。脊椎に対する徒手的な操作が体にどう働くのか、その生物学的な仕組みは、まだ分かっていない。2002年にPickarが発表した総説は、冒頭でそう明言している。古い総説ではあるが、本記事で確認した範囲では、この点をくつがえす資料は見つからなかった。

そのうえで、同じ総説が示していることを整理すると、こうなる。関節に素早い力学的な変化が加わると、筋紡錘(筋肉がどれだけ伸びたかを感知するセンサー)とゴルジ腱器官(腱にどれだけ張力がかかっているかを感知するセンサー)から出ている感覚の神経線維が刺激される。そして、こうした力学的な変化は、中枢神経系へ流れ込む感覚情報を介して、生理学的な影響を持つと考えられている。より細い感覚線維も活性化される可能性はあるが、そこは直接には示されていない、とも書かれている。

噛みくだけば、こういうことになる。ふだんの生活では起こらない量の感覚情報が、一瞬でどっと中枢へ流れ込む。その入力が、そこにあった感覚の上に重なる。

だから、気持ちよさは本物だ。錯覚だから無意味だ、と言いたいのではない。ただ、それは「関節が整った証拠」ではない。感覚が一時的に上書きされた結果だと考えられる、というところまでが、今の時点で言えることになる。

音が鳴った、軽くなった気がした。その二つは同時に起きているが、片方がもう片方を保証しているわけではない。

では、鳴らすと体には何が起きているのか

「鳴らすと関節が変形する」は本当か

「鳴らし続けると関節が変形する」という話は、かなり広く信じられている。

これについては、指の関節を対象にした研究がある。2011年にDeweberらが発表したもので、50〜89歳の215名(変形性関節症の患者135名と対照80名)を対象に、指を鳴らす習慣と手の変形性関節症の関連を調べている。結果は、いずれかの関節に変形性関節症がある割合が、鳴らす人18.1%、鳴らさない人21.5%(P=.548)で差がなかった。関節の種類別に見ても、指を鳴らすことがその関節の変形性関節症のリスクにはならなかった。何年続けたか、1日に何回鳴らすかを掛け合わせた累積量で見ても、有意な相関は出ていない。結論として、習慣的に指を鳴らすことは手の変形性関節症のリスク因子とは考えにくい、とされている。

ただし、ここは絶対に取り違えてほしくない。これは手の指のデータだ。首の関節に当てはめてよいという根拠は、この研究のどこにも無い。首は指とは構造が違うし、通る血管も神経も違う。「指は大丈夫だったから首も大丈夫」とは、決して読まないでほしい。

そのうえで、私が首を触ってきた範囲で感じていることを書く。

「ゆるむ」で話は終わらない

自分で無理に鳴らす動作を繰り返すと、その部分の靭帯がゆるむ——世間でよく言われるのは、だいたいここまでだ。

けれど、話はそこで終わらない。体は、ゆるんだまま放っておかないからだ。

靭帯がゆるみ、関節が硬くなって不安定になる。すると体は、その関節を安定させようとする。何で安定させるかというと、周りにあるもの、つまり筋肉と皮膚だ。周囲の筋肉と皮膚が硬くなる。私が触ってきた範囲では、この順序で起きていることが多い。

これは、体が壊れているのではなく、体が守りに入っている姿だと私は理解している。土台がぐらつく柱を、周りから板で固めるようなものだ。固めた結果、その場は保たれる。ただし、固めた分だけそこは動かなくなる。

この「不安定になったところを、周りが固めて守る」という代償の構図が、この記事で持ち帰ってほしい体の原理だ。

指先で分かること:つまめない、遊びがない

では、その「固めて守っている」状態は、どう分かるのか。

皮膚が動かない。つまめない。遊びがない。私が指で感じているのは、この三つだ。

自分でも、ある程度は試せる。首の後ろの皮膚を、指の腹で軽くつまんで持ち上げてみる。あるいは、皮膚を骨の上で横にずらしてみる。柔らかいところは、ふわっと持ち上がるし、下の組織の上を滑るようにずれる。硬くなっているところは、そもそもつまみ上げられないし、ずらそうとしても皮膚が張り付いたまま動かない。この「動く余地」のことを、私は遊びと呼んでいる。

もう一つ、私が繰り返し見てきたことがある。自分で無理に鳴らしている場所については、その周囲に痛くなる場所が出てくる。鳴らしているまさにその一点ではなく、その周りだ。

ただし、これは私が臨床の中で観察してきた所見であって、鳴らしたことがその痛みの原因だと証明しているわけではない。因果まで言い切ることは、私にはできない。そういう状態の方が多い、というところまでが、正直に書ける範囲になる。

首だけの話で終わらない

体は全身がつながっている。首の一か所が固まれば、その分を他がかぶる。

だから、話は首だけで終わらない可能性がある。肩へ、背中へと影響し、結果的に全身の不調につながる可能性がある。首を鳴らしている人が肩や背中の重さを訴えることは、私の実感としては珍しくない。

ここも断定はしない。「つながる可能性がある」までだ。ただ、体を部品の集まりとして見ているかぎり、この可能性は視界に入ってこない。首を鳴らす癖の話を、首だけの話として閉じないでほしい、というのがこの節で言いたいことになる。

目的が「音」になっていないか

ここまでを踏まえて、一つだけ、読者自身の行動に接続したいことがある。

自分で首や腰を鳴らす癖のある患者さんは、たくさんいらっしゃる。理由を聞くと、たいてい「気持ちいいから」「すっきりしたような気分になるから」と返ってくる。

そのとき、よく言われる説明がある。「鳴らすとすぐ戻ってしまうから、また鳴らすことになる」というものだ。だが、私が現場で見てきた実際の姿は、少し違う。

戻るから鳴らすというよりは、鳴るまで無理にひねってしまう、ということだ。

この違いは大きい。前者なら、原因は体の側にある。後者なら、原因は目的の置き場所にある。大抵は、音が鳴らないと気持ちがすっきりしないということで、鳴るまで無理に鳴らそうとしてしまう。

つまり、目的が音そのものになっている。体をどの方向にどう動かすかで動作を決めているのではなく、音が出るかどうかで動作を決めている。首がその方向に動きたがっているかどうかは、判断の材料に入っていない。無理に体をひねって音を鳴らしにいく行為は、体を逆に悪い方向に動かしてしまっている可能性がある。

ここで、境界線をはっきり引いておきたい。日常生活で自然に鳴ってしまう分には問題ない。振り向いたら鳴った、伸びをしたら鳴った。それは体が動いた結果として鳴っただけで、この記事が扱っている話とは別のものだ。

背中についても、ひとこと付け加えておきたい。椅子の背もたれに体を預けて反らす、あの鳴らし方だ。首と違うのは、自分の目で見えないという点にある。首なら、どちらを向いてどれだけひねったかが自分でだいたい分かる。背中はそれが分かりにくい。背骨のどこに、どの向きで力が集まっているのかを、自分で決めているつもりでも決めきれていない。危ないから駄目だ、という話をしたいのではない。ただ、自分がどこを動かしているのか分からないまま動かしている、という点は知っておいていいと思う。

やめるべきかどうかを、私がここで指示するつもりはない。それは読者自身が決めることだ。ただ、事実として一つだけ置いておく。「音が鳴ること」と「体が楽になること」は、別々の出来事だ。前者を追いかけても、後者に着くとは限らない。

こんなときは、医療機関へ

判断材料の話をする前に、安全の話を先に済ませておきたい。

首を強くひねったあと、あるいは施術を受けたあとに、次のような症状が出た場合は、様子を見ずに速やかに医療機関を受診してほしい。

  • 強い頭痛、またはこれまでに経験したことのない首の痛み
  • めまい、ふらつき、ものが二重に見える
  • 手足のしびれ、力が入らない
  • ろれつが回らない、顔や体の片側の感覚がおかしい
  • 症状が時間とともに強くなっていく

何科にかかるかは、症状による。首や背中の痛みが中心であれば、まず整形外科になる。しびれや脱力、言葉の異常、視覚の異常といった神経の症状があるときは、脳神経外科や救急も選択肢に入る。迷ったら、症状が強いほうに合わせて選んでほしい。

なお、手技による医業類似行為に関する危害相談について、国民生活センターが平成24年8月2日に公表した資料に数字が出ている。回答があった640件のうち、498件(77.8%)が医療機関を受診しており、そのうち167件(33.5%)は治療に3週間以上を要している。何かが起きたときに、それが軽く済むとは限らない、ということは頭に入れておいてほしい。

施術としての「ボキボキ」は、何をしているのか

ここから後半は、視点を「自分でやる」から「専門家がやる」へ移す。

まず、正式な呼び名から入りたい。カイロプラクティックでは、あの手技をアジャストメント(調整)、あるいはスラストによるアジャストメントと呼ぶ。「ボキボキ」という言い方は、外から見た音の描写であって、手技の名前ではない。

そしてスラストは、HVLA(High-Velocity, Low-Amplitude/高速低振幅)と説明される。速く、しかし動かす幅は小さい、という意味だ。

ここは、多くの方が持っているイメージと最もズレるところだと思う。動画などで見る豪快な場面から想像されるのは「速く、大きく」だろう。だが技術としての中身は「速く、小さく」になる。大きく動かすことが目的なら、そもそも速さは要らない。速さが要るのは、動かす幅を小さく抑えるためだ、と私は理解している。

私が初めてクラック音を鳴らしたときのことは、今でも覚えている。指の中で骨が動く感覚というのはこういうことなのか、と実感した。

そのうえで、この記事の芯にあたる話を書く。

音は鳴っても鳴らなくても関係ない。調整をしたことにより、付随的に音が鳴ってしまうことがあるだけであり、調整がしっかりできていれば、音の有無は関係ない。

これは私の個人的な流儀ではなく、そう習ってきたことだ。音は、狙って出しているものではない。結果として出ることがある副産物にすぎない。だから、音が鳴らなかったからうまくいかなかった、ということにはならないし、逆に、音が鳴ったから何かが達成された、ということにもならない。

ちなみに、こうした「脊椎の調整を目的とする」手技は、制度の上でも、あん摩・マッサージ・指圧とは別のものとして整理されてきた。厚生省は昭和45年6月24日の通知(医発第374号)で、カイロプラクティックは脊椎の調整を目的とする点においてあん摩・マッサージ・指圧と区別され、それらには含まれないという解釈を示している。同じ手を使う施術でも、制度上は別々に扱われてきたわけだ(あん摩マッサージ指圧師はやめとけ?学校を増やせない法律のフタ)。

その手前にある、地味な検査の話

「ボキボキ」の是非は、たいてい手技そのものの話として語られる。だが私は、問題は手技ではなく、その手前にあると思っている。

モーションパルペーションという検査

スラストによる調整をするには、脊柱の解剖学や筋肉の走行、神経・血管の走行などを正しく理解し、安心・安全に実施できるようにしなければいけない。だから私が学んだ課程では、いきなり技を習うのではなく、まずモーションパルペーション(関節の可動性の検査)というものを練習したあとに、テクニックを学んでいくことになっていた。

何をする検査かというと、関節の動きというものを指先で感じる検査だ。どれくらい関節が動いているか、または、どれくらい関節が固まってしまっているかなどを指先で感じ取る。とても繊細な検査になる。

順序が逆になっていない、というところが大事だと思っている。どこがどれだけ動いていないのかが分からないまま、素早く小さく動かす技だけを覚えても、どこに向けて使えばいいのかが決まらない。実際、私が卒業した東京カレッジ・オブ・カイロプラクティックのカリキュラムにも、モーションパルペーションや基本脊柱テクニックが科目として並んでいる。

最初は、何も分からなかった

正直に書いておくと、最初は全然わからなかった。

関節の正しい動き方というのも分からなかったし、この検査で関節が動いているのか動いていないのか、といったことも分からなかった。指先に何かが伝わってくる、という感覚自体が無かった。

分かるようになったきっかけは、身も蓋もないが、練習することだった。1年生のときに習い、4年生までしっかり毎日練習をした。かなりの時間、練習している。それでようやく、分かるようになった。

この話をわざわざ書くのは、指先で関節の動きを読む、というのが、聞いてすぐできるようになる類のものではないからだ。素質の話でもない。かかった時間の話だ。

検査 → 調整 → 再検査

そして、実際の流れとして大事なのは、しっかりと検査をして、調整をして、再検査をすることだ。この流れが非常に大事になる。

検査をしないで調整をするということは、どういうふうに調整をしているのか本人は分かっていない、ということになる。どこを、どの方向に動かしているのかが決まっていないまま手を動かしていることになるからだ。

そして、調整した後に確認をしなかったら、良くなっているかどうかが分からない。ここは大事なところだと思っている。やったことの結果を見ていないなら、次に何をすればいいかも決まらない。

ここで、記事の前半とつながる。自分で首を鳴らす行為には、この前後の検査が無い。どこが動いていないのかを調べないまま動かし、動かしたあとに何がどう変わったのかも確認していない。あるのは、音が鳴ったかどうかという一点だけだ。

使わない、と判断するとき

では、検査をした結果、スラストを使わないと判断することはあるのか。

多々ある。

判断の材料は、大きく三つある。

一つ目は、相手の体の状態だ。検査をした結果、この方法が向かないと判断すれば使わない。

二つ目は、ご本人が刺激の強い手技をされたくない場合だ。これは体の状態とは関係なく、本人の希望として成立する。ここは読者の方にもぜひ知っておいてほしい。「あの音が苦手だ」「あれをされたくない」というのは、そのまま伝えていい種類の希望だ。

三つ目は、特定の状態が考えられる場合だ。椎間板ヘルニアや頸椎椎間板ヘルニア、頸椎症性脊髄症・狭窄症、椎骨動脈(頸椎の横の骨のトンネルを通って脳へ向かう血管)の閉塞などが考えられる場合には、スラスト法は使わずに調整をすることがベストになる。

理由は、はっきりしている。調整をしたことによる結果よりも、調整をしたことによるダメージの方が大きい場合があるからだ。その場合にはテクニックを変えなければいけない。その人に合ったテクニックを選択する必要がある。

とくに頸椎については、慎重にならざるを得ない。スラストによるアジャストメントによって、後遺症であったり、腕のしびれや違和感を伴う危険性がある。そのため、しっかりと検査をして、安心・安全に主眼を置くことが大前提となる。

ここで一つ、誤解されたくないことがある。だから「ボキボキしない施術のほうが優しい」「鳴らさないほうが安全だ」という話ではない、ということだ。それは、この記事が言っていることではない。

技法には、それぞれ向き不向きがある。ある人に合わないものが、別の人には合う。ある時期に使えないものが、状態が変われば使えるようになる。決めているのは技法の優劣ではなく、目の前の人の状態と希望だ。だから毎回、検査から始めることになる。

行政が名指しした手技と、課程で習う手技

1991年、国は名指しでこう書いた

前の記事で、法律は「人の健康に害を及ぼすおそれのない行為」を規制しない、という構造を確認した(カイロプラクティックとは?国家資格に「できない」理由)。免許制度が無いのは、国が手を抜いてきたからではなく、法律の組み立てがそうなっているからだ、という話だった。

だが、規制と注意喚起は別の話だ。行政は、特定の手技については名指しで注意を促してきた。

厚生省健康政策局医事課長は、平成3年(1991年)6月28日、「医業類似行為に対する取扱いについて」という通知(医事第五八号)を出している。ここには、こう書かれている。

カイロプラクティック療法の手技には様々なものがあり、中には危険な手技が含まれているが、とりわけ頚椎に対する急激な回転伸展操作を加えるスラスト法は、患者の身体に損傷を加える危険が大きいため、こうした危険の高い行為は禁止する必要があること。

35年前に、国はここまで具体的に書いていた。ただし、これはスラスト法という手技そのものを法律で禁じたという意味ではない。通知が挙げた留意事項のひとつとして、危険の高い行為は禁止する必要がある、と記されている——そういう性質の文書だ。

同じ通知は、もとになった研究報告書についてこう述べてもいる。カイロプラクティック療法の「医学的効果についての科学的評価は未だ定まっておらず、今後とも検討が必要である」と。この一文は、今も宿題として残っている。

同じ通知には「禁忌対象疾患の認識」という項目があり、対象とすることが適当でない疾患が二段構えで書かれている。

カイロプラクティック療法の対象とすることが適当でない疾患としては、一般には腫瘍性、出血性、感染性疾患、リュウマチ、筋萎縮性疾患、心疾患等とされているが、このほか徒手調整の手技によって症状を悪化しうる頻度の高い疾患、例えば、椎間板ヘルニア、後縦靭帯骨化症、変形性脊椎症、脊柱管狭窄症、骨粗しょう症、環軸椎亜脱臼、不安定脊椎、側彎症、二分脊椎症、脊椎すべり症などと明確な診断がなされているものについては、カイロプラクティック療法の対象とすることは適当ではないこと。

一段目は、そもそも施術の対象にすべきでない病気の種類。二段目が、この記事にとって重要になる。「徒手調整の手技によって症状を悪化しうる頻度の高い疾患」——手で調整することそのものが、症状を悪くしうる状態、という意味だ。

なお「等」「例えば」「など」と書かれているとおり、これは数え上げの完成したリストではない。あくまで例示だ。そして「明確な診断がなされているもの」という条件も付いている。

翌年、政府はこの通知そのものを引いて答弁している。平成4年(1992年)1月14日の参議院答弁書(内閣参質一二二第一五号)には、こうある。

平成二年度厚生科学研究「脊椎原性疾患の施術に関する医学的研究」報告書においては、カイロプラクティック療法の対象とすることが適当でない疾患に対する施術の危険性及び頸椎に対する急激な回転伸展操作を加えるスラスト法(瞬間的に強い力を加え、矯正しようとする施術法)の危険性を指摘しており、医事課長通知によりこうした危険な施術を行うことは適当でない旨の関係方面に対する周知、指導を各都道府県に対し要請しているところである。

「医事課長通知により」と書かれている。ここで言う医事課長通知とは、前年の医事第五八号のことだ。つまりこの二つは、別々に同じ指摘をした無関係の文書ではない。一本の線でつながっている。

行政が施術に条件や注意を付けてきた例は、これだけではない。医師の同意書を前提に健康保険につながる訪問マッサージのような仕組みもある(訪問マッサージは違法なのか?同意書が支える仕組み)。行政は、施術を一律に禁じたり放任したりするのではなく、条件を付けるという形で関わってきた。

行政の禁忌リストと、現場の判断は一致している

ここで、前の章と並べてみてほしい。

私がスラストを使わないと判断する状況として挙げたのは、椎間板ヘルニア、頸椎椎間板ヘルニア、頸椎症性脊髄症・狭窄症、椎骨動脈の閉塞などだった。そして1991年の通知の二段目——「徒手調整の手技によって症状を悪化しうる頻度の高い疾患」の例には、椎間板ヘルニアがあり、脊柱管狭窄症がある。残りも、変形性脊椎症、環軸椎亜脱臼、不安定脊椎といった、同じ種類の状態が並んでいる。

重なっている。

これは、私が通知を読んでから自分の基準を作った、という話ではない。課程で習い、現場で検査をしながら判断してきた基準と、35年前に行政が列挙したリストが、同じところを指していた、という話だ。

この一致は、意外に大きい意味を持っていると思う。行政と現場が対立しているのではなく、同じものを見ている、ということだからだ。そして、同じものを見ているのなら、次に必要になるのは判断ではなく確認になる。目の前のこの人が、そのリストに当てはまるのかどうか。それを見るのが検査だ。前章で検査の話を長く書いたのは、このためだった。

私が習ったのは、どういう操作だったか

もう一つ、書いておかなければならないことがある。

通知と答弁書が名指ししたのは、頚椎に対する急激な回転伸展操作を加えるスラスト法だ(答弁書の表記では「頸椎」)。回転させ、そして伸展させる。首を後ろに反らせながら、ひねる操作になる。

椎骨動脈は、頸椎の横突孔という骨のトンネルを通って脳へ向かっている。骨の中を通る血管なので、首の骨をどの向きに置くかによって、血管の通り道の状態も変わる。これは構造の話だ。

私が学んだ課程では、頸椎を屈曲させ、椎骨動脈を開いた状態で行うスラスト法を習った。反らせるのではなく、曲げる。だから、行っている操作に関しては、通知が名指しした操作とは別物になる。

ここは慎重に書きたい。第一に、これは私が学んだ課程での話であって、すべての教育機関がそうだと言えるだけの根拠を私は持っていない。第二に、向きが違うから安全だ、という意味でもない。言えるのは、通知が名指しした操作とは、頸椎を置く向きが異なる、という操作の記述までだ。だからこそ検査が要るし、だからこそ使わない判断も要る。

そのうえで、この章から持ち帰ってほしいことは一つだ。外から見れば同じ「ボキボキ」に見える操作でも、何をしているかは同じではない。そして、その違いを見分ける手がかりは、音ではない。

まとめ

音は目的ではなく、結果だ。鳴ったかどうかは、体の中で何が起きたかを何も保証しない。この一文が、この記事の前半と後半を貫いている。

自分で鳴らす行為に足りないのは、意志の強さではない。検査という、前後の確認のほうだ。どこが動いていないのかを調べ、動かし、動かしたあとに確認する。この三つが揃って初めて、自分が何をしたのかが分かる。

そして、気持ちよさは本物だ。ただしそれは、関節が整った証拠ではなく、感覚が一時的に上書きされた結果だと考えられている。日常生活で自然に鳴ってしまう分には問題ない。問題になりうるのは、音そのものが目的になり、鳴るまで無理にひねってしまうときだ。

ただし、この記事は「関節を素早く小さく動かす」という一つの方法についての話だ。使わないと判断したとき、では代わりに何をするのか——そこには触れていない。関節を素早く動かす以外のやり方で体に向き合う徒手療法は、実際に存在する。19世紀のアメリカで生まれたオステオパシーは、その系譜のひとつだ。次はそこを見ていく。

よくある質問(FAQ)

Q. 関節がボキボキ鳴る音の正体は何ですか?

A. 関節の中を満たす滑液に空洞が生じる現象(キャビテーション)による音だと考えられています。骨と骨がぶつかる音ではありません。長らく「気泡が弾ける音」と説明されてきましたが、手の指の関節を対象にした2015年のリアルタイムMRI研究では、音は空洞が崩壊する瞬間ではなく、空洞が生じる瞬間に一致していたと報告されました。ただし2018年のレビューは、音の発生源はまだ明確でないとしています。

Q. 首をボキボキ鳴らす癖は、やめたほうがいいですか?

A. 一律には言えません。日常生活で自然に鳴ってしまう分には問題ないと考えています。一方で、音が鳴ることを目的にして無理にひねる動きは、体を本来とは違う方向に動かしてしまっている可能性があります。強い痛み・しびれ・めまいなどが出た場合は、様子を見ずに医療機関を受診してください。

Q. 一度鳴らすと、しばらく鳴らないのはなぜですか?

A. 生じた気体がもとの状態に戻るまでに時間がかかるためだと考えられています。逆に、間を置かず何度でも鳴らせる場合は、腱や靭帯が骨の出っ張りを乗り越えるときの音など、別の現象が混ざっている可能性があります。

Q. 施術で音が鳴らなかったのは、うまくいかなかったということですか?

A. 音の有無は、調整がうまくいったかどうかを示すものではありません。調整は検査に基づいて場所と方向を決めて行うもので、音はその結果として付随的に鳴ることがあるだけです。音が鳴らなくても、調整そのものは成立します。

Q. 国が「ボキボキする施術」を禁止しているというのは本当ですか?

A. 施術全体を禁止したものではありません。厚生省(当時)が平成3年(1991年)の通知(医事第五八号)で、頚椎に急激な回転伸展操作を加えるスラスト法について「患者の身体に損傷を加える危険が大きい」と指摘し、あわせて、対象とすることが適当でない疾患を例示しています。翌年の参議院答弁書でも、政府は同じ指摘に触れ、危険な施術を行うことは適当でない旨を各都道府県に周知・指導するよう要請したと述べています。

本記事の位置づけ

本記事は、厚生省(当時)の通知および参議院答弁書の原文、国民生活センターの公表資料、査読を経た学術論文、東京カレッジ・オブ・カイロプラクティックの公式サイト、および執筆者自身が国際基準のカイロプラクティック課程で手技と検査を学び、臨床で施術にあたってきた経験に基づいて作成したものです。特定の事業者・団体・手技流派を批判・示唆する意図はなく、いずれかの施術方法が他より優れている・安全であると述べるものでもありません。

本文中の触診所見(靭帯がゆるみ、関節が不安定になり、周囲の筋肉や皮膚が硬くなる/皮膚がつまめない、遊びがない/鳴らしている場所の周囲に痛みが出る)は、執筆者が臨床で観察してきた所見であり、因果関係を証明した研究に基づくものではありません。また、指を鳴らす習慣と手の変形性関節症に関する研究は手指を対象としたものであり、頸椎に一般化できるものではありません。

本記事は医療相談・法律相談を目的としたものではありません。症状の判断や施術を受けるかどうかの判断が必要な場合は、医療機関にご相談ください。

制度・情報は執筆時点(2026年9月8日確認)のものです。

参考文献・出典

  • 厚生省健康政策局医事課長通知「医業類似行為に対する取扱いについて」(平成3年6月28日 医事第五八号):厚生労働省 法令等データベース
  • 参議院答弁書(平成4年1月14日・第122回国会 質問第15号「カイロプラクティック取扱いに関する質問に対する答弁書」/内閣参質一二二第一五号):参議院
  • 厚生省通知「医発第374号」(昭和45年6月24日)「法令適用上の疑義について」※下記の国民生活センター資料に引用されているものを参照
  • 国民生活センター「手技による医業類似行為の危害」(平成24年8月2日 報道発表資料):PDF
  • Kawchuk GN, Fryer J, Jaremko JL, Zeng H, Rowe L, Thompson R. Real-time visualization of joint cavitation. PLoS One. 2015 Apr 15;10(4):e0119470. PMID: 25875374
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  • 東京カレッジ・オブ・カイロプラクティック 公式サイト(Doctor of Chiropractic Program):カリキュラム

執筆者

山﨑駿(やまざき しゅん)

あん摩マッサージ指圧師・はり師・きゅう師・柔道整復師(すべて国家資格)/Doctor of Chiropractic(D.C.、Tokyo College of Chiropractic・CCEA認可課程)/オステオパシー(D.O.課程)専攻中。臨床歴12年、のべ数万人の身体に向き合ってきた施術者です。

【学歴】日本工学院八王子専門学校 柔道整復科 卒業/東京呉竹医療専門学校 鍼灸あん摩マッサージ指圧科 卒業/東京カレッジ・オブ・カイロプラクティック(旧RMITカイロプラクティック学科日本校)卒業/日本福祉大学 通信教育部 福祉経営学部 医療・福祉マネジメント学科 卒業/スティル・ジャパン・アカデミー(オステオパシー専門教育)在学中。

保有資格の詳細は運営者プロフィールをご覧ください。

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